第6章 オーボエ素朴な疑問集

Q.オーボエは“水に浮かない木”で作られているってホント?

A. 本当です。アフリカ原産のグレナディラ(アフリカン・ブラックウッド)という、非常に硬度の高い木。比重が1.2〜1.3なので、水に沈む。これがクラリネットやピッコロ、最近になって復活してきた木管製のフルートにも広く用いられています。ローズウッドという茶褐色の木で製作した楽器もありますが、グレナディラが大多数派ですね。ちなみにキーは真鍮製で、銀メッキや金メッキが施されます(それが銀か金かによって音質や吹奏感も変わるらしい)。ちなみに楽器の重さは、一般的なモデルで680グラム程度。けっこうヘビー?

Q.オーボエにも“流派”ってあるの?

A. いくつかの項目に分けてとらえましょう。

 まずリードの作り方。大きく2系統があります。一般的にヨーロッパ系の奏者はリードの表面を削る部分が短いのに対し、アメリカ系の奏者は相対的に長い。前者はショート・スクレープ、後者はロング・スクレープと呼ばれます。それぞれ細部の調整法も異なりますが、人によっては両者の特性を混在させたような削り方をするなど、画一的に分類できるものでもありません。

 さらには民族性。同じヨーロッパ系の奏者でも、たとえばフランスで学んだ人の音は明るく華やかで、ドイツで学んだ人は太く重厚で……という歴然とした差異が認められた時代もありました。しかしここ20年ほどの間、スタイルの歩み寄り現象が顕著に進んでいます。パリ音楽院の卒業生がドイツでオーケストラの首席奏者や音楽大学の先生になっていたりするように。国境を意識して“流派”を云々するのは無意味な時代を迎えたともいえます。

 次に使う楽器。第2章で触れたとおり、19世紀末から20世紀前半にかけて、コンセルヴァトワール式の楽器がオーボエ界の標準装備として定着を見ました。その一方、ウィーンを中心とする地域で生き残ってきたのがウィンナ・オーボエ。1870年代以降に当時のドイツ式オーボエから独自の発展を遂げたもので、ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団が、彼らの誇る伝統の響きを保つために使い続ける楽器としても有名です。チャーミングな艶っぽさを備えた音色が特徴。

 かたやイギリスでは、コンセルヴァトワール式のベースとなったシステムよりも、1世代前の楽器が用いられてきました。左手親指で操作するキーになごりをとどめる、“サム・プレート・システム”。そのキーが介在する音の響きに旧式ゆえのメリットが認められたりもします。ウィンナ・オーボエともども、操作性に秀でたコンセルヴァトワール式に対して、特定の地域の奏者がどういうこだわりを持ってきたか、その価値観の反映ともいえます。

Q.息が“余ってしまう”楽器というのはホント?

A. 本当です。リードの開きが0.5ミリ程度で、リードを差し込む部分の管体も内径が約4ミリと非常に細い。リード自体の抵抗感も手伝って息が長持ちします。肺の中の空気がまだ余っているのに酸欠状態という困った事態にまで陥るほど。ブレスの際に、余った息を急いで吐き出してから吸う動作が必要になるときがあるというのは、他の管楽器との大きな違いですね。

 息に関していえば、1970年代以降に広まり、今では学生たちも使いこなすテクニックとなったのが“循環呼吸”。口腔内にためた空気でオーボエを鳴らしながら、鼻から息を吸う奏法です。酸欠にもならず、フレーズの途中にブレスの切れ目を入れたくない箇所でも音が保てる。このテクニックを使う瞬間をコンクールでもお見逃しなく!

Q.高い音ってどこまで出るの?

A. オーボエの最低音はシのフラット(譜例*1)。最高音はファ(同*2)。これが通常の作品で用いられる音域です。近現代の作品になると、オーケストラのオーボエ・パートにもっと高い音が出てきたりしますし、協奏曲や独奏曲でラ(*3)に至るまでの音が要求されることも珍しくありません。コンクールの課題曲では第2次予選の20世紀作品に登場例があり、それも聴き所のひとつ。

Q.どうしてオーケストラではオーボエに合わせてチューニングするの?

A. オーボエ奏者がコンサートマスターにピッチを渡し、それに合わせて弦楽器が調弦し、他の管楽器も……。おなじみの風景です。文献によれば、遅くとも19世紀初頭には実践されていたらしい。チューニングに使われるラ(A)の音が明瞭に聴きとりやすく、他の管楽器よりも安定したピッチで出せるから、オーボエが理にかなった選択だという認識も、当時から定着していたようです。逆の見方もできます。フルートやトランペットのような楽器は管の抜き差しをする部分で長さを調整し、ピッチを上下させることが容易なのに、オーボエは構造上、そうした対処を可能にするジョイント部分がほとんど存在しません。オーボエ奏者のコンディションが安定したところで、彼らのピッチに合わせるのが現実的な方策だったとも考えられます。

 以上を踏まえたチューニングが、形式的な慣習として定着を見たわけですね。楽団が規準とするピッチ(英語圏のオーケストラではA=440Hz、それ以外では443Hz前後が一般的)を踏まえて、チューニング・メーターという機械を見ながら、人によっては音叉を耳にあてながら、そのピッチの音をオーボエ奏者が正確に吹き、みんなが合わせているというのが現在の状況です。

Q.オーボエの“ピリオド楽器”と“モダン楽器”って何?

A. だいたい時期としては1970年代以降のことです。古典派やバロック時代や、さらにそれ以前にさかのぼる時代の音楽を、作曲された当時(=ピリオド)の楽器で演奏しようという運動が起こりました。この“ピリオド楽器”の復興が、やがて音楽界の一翼を担うまでになります。

 当時の楽器といっても、特にオーボエの場合、博物館の所蔵品がそのまま演奏に使えるような例はほとんどなく、それを元に現代の工房がコピーしたものを用います。バッハの時代の作品を演奏するなら、18世紀前半に作られたバロック・オーボエのコピー、というように。そうした試みから何が得られるか?

 作曲家が耳にしていた(で、あろう)音を再現する目的がまずひとつ。しかしそれ以上に重要な点は、当時の楽器の機能的な特性(音の立ち上がり方や音域による響きの変化、さらには指使いなど様々な要素)が、作曲家が抱く音楽的アイデアと密接に結びついているということ。ピリオド楽器を吹きこなす行為が、すなわち曲のスタイルを説得力も豊かに生かす作業につながるという考え方ですね。これはコンセルヴァトワール式のシステムで製作される“モダン楽器”を専門とするオーボエ奏者たちに対する優劣ではなく、何を道具として使いこなすか、というスタンスの問題としてとらえるべきものでしょう。

 モダン楽器のオーボエ奏者の中には、ピリオド楽器にまで持ち替えて演奏活動を行なう人もいますが、ごく少数派に過ぎません。基本的に同一の楽器を道具として操りながら、時代にして約300年もの幅を持つレパートリーに取り組み、作品によって要求されることを吹き分ける。そんな訓練を積むのがモダン楽器の奏者です。古典派やバロック時代の音楽を演奏する際に、ピリオド楽器の存在をどれだけ意識するかは各人各様。ただの表面的模倣にとどまっていては聴き手も説得できません。コンクールの課題曲でも(たとえば第2次予選のクープランなど)、若い世代の参加者がどんなアプローチをとるか興味深いところです。

Q.オーボエと他の管楽器によるアンサンブルにはどんなものがありますか。

A. 歴史的に見ていきます。

 オトテール一族やフィリドール一族(第2回参照)によってバロック・オーボエが楽器として確立された頃には、主に野外での奏楽を目的とする“オーボエ・バンド”が編成されていました。サイズの大きなオーボエや、バスーンなども含むダブル・リード楽器属によるアンサンブルです。ルイ14世が擁する“王の12人の大オーボエ隊”が、ヴェルサイユ宮殿で奏でていた婚礼の儀の伴奏音楽なども譜面として残されていたりします。

 18世紀後半になると、主にウィーンを中心とするドイツ語圏で“ハルモニームジーク”が、やはり貴族お抱えの合奏体として人気を博しました。オーボエ、クラリネット、ホルン、ファゴット各2本が基本編成で、セレナードなどの娯楽音楽や、人気作曲家のオペラの聴き所の抜粋が主なレパートリー。モーツァルトやベートーヴェンがこの編成のために筆をとった作品は、現在でも広く演奏の機会に恵まれています。

 19世紀初頭のパリで、1810年代から1820年代にかけて脚光を浴びていたのがフルート、オーボエ、クラリネット、ホルン、バスーンによる木管五重奏。このジャンルの草分け的な作曲家にあたるアントン・ライヒャが書き下ろした作品を、パリ音楽院の教授陣によるアンサンブルが演奏するコンサートは、多くの聴衆でにぎわったといいます。しかしやがて人気が下火となり、木管五重奏は表舞台からいったん姿を消してしまいます。その背景として指摘できるのは、1830年代から1860年代にかけての時期が、どの楽器も設計システムの変革期にあった(それゆえロマン派音楽の表現様式に適ったアンサンブルとしての形も定まりにくかった)ことです。木管五重奏が再びパリを中心とするヨーロッパ各地の音楽都市で復活の息吹を上げるのが1870年代後半以降、オーボエでいえばコンセルヴァトワール式の普及期というのも象徴的な話です。そして20世紀に入れば、表現力の多彩さや音色のバラエティも手伝い、管楽器による室内楽として代表的存在となっていきます。

 確立の時期からして最も新しいアンサンブルの形態が、オーボエ、クラリネット、バスーンによるトリオ・ダンシュ。フランス語で“葦による三重奏”を意味し、文字どおりリード楽器が1本ずつ。1927年に結成されたトリオ・ダンシュ・ド・パリの活動が呼び水となって多くの新作が寄せられ、現在もこの編成で活動する団体が少なくありません。響きの融和性は当然ながら高く、しかし小さな合奏体ゆえ、各人の技術的負担は逆に大きくなる面もあります。

木幡一誠(Issay KOHATA)
音楽ライター。1987年より管楽器専門誌「パイパーズ」で取材・執筆にあたり、現在は各種音楽誌のインタビュー記事、CDやコンサートの曲目解説執筆およびレビュー、さらには翻訳と幅広く活動中。