第5章 コンクール、ここが聴き所。

音楽家としての成熟度か、原石の輝きか。

 若き才能との出会い。これがコンクールの醍醐味なのは改めて言うまでもありません。そのコンクールで、実は一番スリリングなのは第1次予選だと思います。全員がほぼ同じ曲を吹く。しかしすべて聴き通しても飽きない。それはなぜか。

 世代的にいって出場者は10代の終わりから満30歳まで。意外と年齢的に開きがあります。学生の身で勉強中の人が比率として多いのは確かですが、プロとして活動を開始している人も珍しくない。過去の事例でいえば、ヨーロッパでも第一線のオーケストラで首席奏者のポストを得ていた人や、別の国際コンクールで上位入賞を果たした人も乗り込んできたりする。もう十分に実績を認められながら、価値あるメダルの数を増やしに来たような顔ぶれですね。

 つまり出場者によってパフォーマーとしての成熟度が異なる。ステージマナーまで含めて、まるでリサイタルさながらに堂々たる姿を見せる人もいれば、まだそこまでの段階には達していないけれど、原石の輝きをふりまいてハッとさせてくれる人もいる。それが各人の音楽的パーソナリティと結びつき、本当に十人十色の演奏が続く。自分が審査員なら、彼ら、彼女らのどこをどう愛で、激励してあげたくなるか……。そう思って聴き進むにつれ、オーボエという楽器が持つ陰翳に満ちた“声”の魅力も手伝い、もはや飽きる暇などなくなるわけです。

作品の質までもが「聴いて楽しい」コンクール

 ここで見逃せない美点のひとつが、課題曲の質の高さ。楽器を操る基本技術と音楽的な表現力が直結する、高い芸術性を要求するレパートリーを、時代的にも幅広く選んでいるのですね。門外漢にも楽しめる、名作オンパレード。

 第1次予選は近代フランス音楽特有のエスプリと精緻な音使いに満ちたデュティユーと、バロック時代末期に流行した陰翳豊かな書式が特色のエマヌエル・バッハ。この著しく対照的な2作品を、どちらも二重丸の演奏でそろえるのは至難の技です。しかし曲による得手不得手まで感じさせては上位進出など望めまい……、などと今から想像をふくらませてしまいます。

 第2次予選の課題は3つのカテゴリーに分かれます。まず、細川俊夫の新作。クープラン、バッハ、マレという、それぞれ様式感覚の異なるバロック音楽から選択した1曲。そして20世紀に書かれた、これも作曲者によって方向性のまったく異なる協奏曲や室内楽曲や独奏曲から選択した1曲。以上を約45分間のリサイタルのように構成することが求められています。自分の演奏能力と個性を最大限にアピールすると同時に、審査員を含む聴衆へ与える音楽的な満足度まで意識する必要があるとなれば、参加者にとっては実にシビアなラウンドですね。第1次予選で接した印象からすると、意外な組み合わせのプログラムに走る人もいたりするかもしれません。興味の尽きない演奏が続くことでしょう。

音楽界の「動向」も感じとれる

 出場者の “お国柄”がどのように演奏に反映されるか。それも関心事のひとつでしょう。やっぱりラテン系の人はどことなく楽天的だとか、ゲルマン系は……そしてニッポンジンは……とか。

 しかしそんな先入観で語れないのが音楽、特にオーボエの世界。仮に30年以上も前なら、たとえばドイツ語圏で学んだ奏者と、フランス語圏で学んだ奏者は、音の出し方ひとつとっても明確にスタイルの差異があったものです。しかしその後は、特にヨーロッパの音楽界の状況を見る限り、まさに“EU化”へと向かう時代の趨勢を反映しながら、国境を超えたスタイルの歩み寄りが生じていきました。今や日本人も含めて、どこに生まれたかというより、どこでどの教師に習ったかというキャリアのほうが、プレイヤーとしての方向性を推し量る目安となっていると実感します。

 このコンクールに足を運ぶたび、筆者は出場者のレベルの高さに驚嘆する一方、何かこう、国境を超えた大きな波のようなものを感じずにはいられません。21世紀のオーボエ界を導くスタイルが形成されつつあり、それをこの若者たちが具現化している。時代の胎動に軽井沢でいち早く接することができるのだ、と。

 しかし最後に問われるのは、技術やスタイルを超えた音楽的人格。本選の課題となるモーツァルトで、それを痛感します。この作曲家が演奏者のすべてを映し出す鏡だと、よく言われるとおりですね。今でも忘れません。細部まで練り上げられた“プロ”としてのコンチェルトを聴かせた出場者と、生き生きと天真爛漫な吹き方で、未完成ながらも曲の愉悦感を見事に表現した出場者が、そろって本選における“モーツァルトの協奏曲の演奏に与えられる特別賞”に輝いたときのことを。本選自体の結果は前者が最高位、後者は入賞止まりでしたが、しかし心から納得し、清々しい思いを覚えたものです。

 第1回から数えて30年目を迎えるコンクール。今年はどんなドラマが待ち受けていることでしょう……。

木幡一誠(Issay KOHATA)
音楽ライター。1987年より管楽器専門誌「パイパーズ」で取材・執筆にあたり、現在は各種音楽誌のインタビュー記事、CDやコンサートの曲目解説執筆およびレビュー、さらには翻訳と幅広く活動中。