第4章 これだけは聴いておきたい!名曲の中のオーボエ

 

 貴方はオーボエ奏者です。「どんな音がする楽器なの?」と小さな子供にでも聞かれたら、何を吹きますか。チャルメラの真似なんてウケ狙いはいけません。

 「あ、それ知ってる!」と目を輝かせてもらうなら、《白鳥の湖》の〈情景〉が順当なところでしょう。チャイコフスキーの代表作にあたるバレエ音楽の第2幕冒頭で演奏される、おなじみのメロディー。悪魔の呪いで白鳥に姿を変えてしまった娘たちの哀しい運命を象徴するかのごとく、切々と歌われていきます。

 こうした長いソロを受け持ち、オーケストラの中で主役の座を奪うのはオーボエの得意技。大作曲家たちが与えてくれた名場面をあげればキリがありません。たとえばベートーヴェンなら交響曲第3番《英雄》。第2楽章の葬送行進曲に宿された深い祈りといい、第4楽章のコーダを導く箇所の内面的充足感といい、その品格の高さは身震いを誘うほど。あるいはブラームスのヴァイオリン協奏曲の第2楽章。開始早々からえんえん2分間も、憧れに満ちた美しいテーマを吹き連ねます。そこだけ聴いたらオーボエ協奏曲かと誤解すること必至ですね。

 ときには妖艶にふるまうオーボエの姿にも接してみたい。ならばリヒャルト・シュトラウスの交響詩《ドン・ファン》。誘惑に負けた女性が主人公の腕に……というくだりで、この楽器の官能的な音色をこってりと生かしたソロを配する呼吸が心憎い。そしてそのシュトラウスが創作活動の終わり近くになって書き上げたオーボエ協奏曲は、透明感あふれる筆致の中に、ヨーロッパの貴族社会の終焉をかみしめるがごときノスタルジーや愛惜の念が交錯する傑作中の傑作。モーツァルトの協奏曲と並んで、この楽器のレパートリーに燦然とそびえる2大巨峰にも等しい存在です。

 シュトラウスと同様に、しみじみとした人生観照風の味わいを持つ作品としては、サン=サーンスが最晩年に書き上げたオーボエ・ソナタも忘れることができません。同じフランスの作曲家で、お洒落なパリジャンという言葉を絵に描いたような作風で知られるプーランクも、亡くなる前の年に遺作となるソナタを完成させました。辞世の歌を思わせる、深みのある名品です。

 フルート奏者がピッコロを手にするように、オーボエ奏者にも“持ち替え”によって吹きこなす楽器が存在します。ただしこちらはサイズが大きく、オーボエよりも5度下の(オーボエのドの指使いで、その下のファの音が出る)イングリッシュ・ホルン。ある種の野太さが備わった、牧歌的な歌声に魅力があります。そのソロをオーケストラで耳にする機会も実に多い。何といっても代表的なのはドヴォルザークの交響曲第9番《新世界より》の第2楽章。「家路」という歌詞がついた形でも親しまれてきたものですね。そしてロドリーゴの《アランフェス協奏曲》の第2楽章。深々と陰翳に富む音色がスペイン的なエキゾティシズムを際立たせてくれます。

 スペインの民俗舞踊のリズムにのってオーケストラの楽器が次々とソロを吹く。……といえばラヴェルの《ボレロ》。しかしそこでオーボエのソロは聴くことができません。イングリッシュ・ホルンでもない。ここでラヴェルが起用したのは、オーボエよりも3度下の(オーボエのドの指使いで、その下のラが出る)オーボエ・ダモーレ。バロック時代には広く用いられ、特にバッハの宗教作品で大活躍する楽器ですが、18世紀後半以降には廃れていました。それが20世紀になって復活した例のひとつというわけです。

 クラシック音楽の枠を超えて親しまれているオーボエの音色というものも存在します。日本のプレイヤーでは、ケルン放送交響楽団やサイトウ・キネン・オーケストラで活躍していた宮本文昭さんが、ジャズやポップスのテイストを加味した一連のCDで広範なリスナーを獲得したのはご存知のとおり。NHKの連続TV小説のテーマ「風笛」も彼が吹いていたものです。

 映画音楽にも目を向けましょう。その昔、1970年製作のイタリア映画『ベニスの愛』で、バロック時代の作曲家アレッサンドロ・マルチェッロのオーボエ協奏曲の第2楽章が用いられ、その甘美な情調で大変な人気を博しました。オーボエ協奏曲の録音というと、マルチェッロが入っているのが決まりという時代もあったほど! そして1986年製作のイギリス映画『ミッション』では、映画音楽の大家エンリオ・モリコーネが素晴らしい曲を書き上げました。「ガブリエルのオーボエ」のタイトルで大ヒットとなり、今なお多くのミュージシャンにカバーされています。“世界一ポピュラーなオーボエの名旋律”といえば、これかもしれません。ちなみにそのサウンドトラックで演奏にあたっていたのはロンドン・フィルハーモニー管弦楽団。ソロを吹いていた名手は当時の首席奏者(そしてコンクールの審査員でもある)、ゴードン・ハントさんです。

木幡一誠(Issay KOHATA)
音楽ライター。1987年より管楽器専門誌「パイパーズ」で取材・執筆にあたり、現在は各種音楽誌のインタビュー記事、CDやコンサートの曲目解説執筆およびレビュー、さらには翻訳と幅広く活動中。