第3章 オーボエ吹きの日常〜世話が焼ける相棒との二人三脚

 ナイフ。水の入った小瓶。鳥の羽根。一見して脈絡がないような3つの品々。そこから思い描かれる人物像とは?

 何だか下手な刑事ドラマみたいな話になってしまいました。しかし、もし現場に以上の事物を残していったのが演奏家だとしたら、それはオーボエ吹きに間違いありません! ナイフについてはピンとくる方も多いでしょう。これは、そう、オーボエの発音源であるリードに関係しています。では、そのリードの話から。

リードができるまで

右上から半時計回りに、丸材のケーン、カマボコ型のケーン、舟型のケーン、チューブ、チューブに舟型を固定して先端をカットした状態。
右上から半時計回りに、丸材のケーン、カマボコ型のケーン、舟型のケーン、チューブ、チューブに舟型を固定して先端をカットした状態。

 リードを作る行程は想像以上に複雑です。材料となる葦の原産地は南フランスを中心とする地中海沿岸。収穫から乾燥を経た後、余分な枝葉や節の部分を除き、パイプ状にして出荷されます。日本での名称は“丸材”。この初期段階から、リードの材料は一般的にケーン(英語で植物の茎を意味)と総称されています。

 丸材のケーンはまず縦に分割し(材料の状態にもよりますが、通常3〜4分割)、リード用のカンナに相当する、ガウジングマシンという専用の工具で表面を削ります。標準的な厚さは0.55〜0.60ミリ。この状態のケーンを日本では“カマボコ型”と呼ぶのが面白いですね。それを2つ折りにして、上半分と下半分のそれぞれ両サイドを緩やかな角度にカットしたのが“舟型”のケーン。ケーンの厚さを確認するためのキャリパーという測定器や、舟型にカットするためのシェイパーをはじめ、各過程でも特別な工具が使われます。オーボエ吹きの仕事机が職人の工房さながらだと、よく評されるゆえんですね。

 続いて、舟型のケーンを金属のチューブ(管体に接続するジョイント部分にはコルクが巻いてある)に糸を使って固定。2つ折にした真ん中の部分を荒削り後にカットして開くと、ついに2枚の振動板の形になります。それ以降はひたすらナイフを動かす。自らの求める音に合った厚さと形状に仕上げるため、細心の注意を払って刃をあてていく。リードの開き具合を調整し、両サイドからの息漏れを防ぐための針金やフィッシュスキンを巻いてから仕上げにかかる……。それでも会心作のリードは何本に1本も生まれないというから、苦労は察するに余りあります。

演奏の現場でも微調整

リードの削り始めと(右)と完成状態(左)。 プロの奏者は当然ながら、アマチュアでも相応の域に達したオーボエ吹きであれば、リード作りをマスターしているはず。しかし全員が丸材のケーンから行程を踏むかといえば、そうともいえません。カマボコ型や舟型など整形を経たケーンの入手から始める場合もありますし、自分でナイフを入れればよい段階まで来た“半完成品”、そして“完成品”もオーボエの市場には出回っています(時間のないアマチュアや、学習者には重宝なもの)。あるいは演奏家から転じて、ケーンやリードの供給メーカーとして起業化に成功するような例も見られます。世はまさに分業と協業の時代。

 しかしどのようなリードを用いようとも、最終的な微調整を施すために持ち歩く必要が出てくるのがナイフ。ここで再び冒頭の話題とつながりました。自宅の机という“工房”を離れて演奏の現場に身を置いた際も、たとえばリハーサルの休憩時間などで、オーボエ吹きがリードに向かって刃を動かしている光景に遭遇するのは日常茶飯事。長い時間をかけて少しずつ状態を整えてきたリードに最後の仕上げを施していたり、当日の湿度や楽器のコンディションなどを鑑みて応急措置が必要になった人もいたり……。いずれにせよ、本当にコンマ・ゼロ何ミリの世界で表面を削るのですね。そうやってベストの状態をめざしても、天候の変化で調子がガラリと変わることは多く、どのみちリードは消耗品。ピークのコンディションが1週間続けばよいほうだと語るプレイヤーもいます。

掃除と手入れも繊細に

 本番のステージに使うと決めたものから予備のものまで、オーボエ吹きが持ち歩くリードケースにはリードがズラリと並んでいます。保管している間は乾燥させておくのですが、演奏に際しては常にある程度の湿度を帯びていないと発音に影響してしまうのがリード。それゆえ演奏の前に約2〜3分の間、リードを浸しておくため、何かしら水を入れた小さな容器を常備するのもオーボエ吹きの習性です。たとえばカメラに使うフィルムのプラスチック・ケースに水を満たして鞄の中に……という具合。

 演奏が終わってからは掃除と手入れ。管体の中にたまった水分をそのままにしておくのは禁物。内径に狂いを生じたり、ひどいときには木が割れてしまったりします。余分な水分はキーとトーンホールの間に詰まって支障をきたすこともあるので、トーンホールの設計が繊細なオーボエの場合は、演奏中もこまめに水分の除去につとめる人が多いようです。

 他の木管楽器では、こうした作業をクリーニングスワブという掃除布や、クリーニングロッドという掃除棒で行なうのが一般的です。オーボエ用のスワブも存在しますが、昔から広く用いられてきたのは撥水性に優れた鳥の羽根。特に管の内径が細くなっている上管の部分は、スワブが詰まったり、トーンホールの開口端と布の繊維が擦れたりしてトラブルを起こす危険性もあるので、細くてしなやか羽根が向いているというわけですね。同じようにリードの内面に付着した汚れを落とすためにも、より小ぶりの羽根が用いられます。

 今までの話も、リード作りやメインテナンスにまつわる事柄の、ほんの一部でしかありません。何て世話が焼ける存在! しかしそれゆえに費やす時間と労力、そして楽器という相棒の間につちかわれる絆と愛情が、オーボエから生まれる音の魅力を支えている。それもまた間違いのない事実でしょう。

撮影:木幡一誠、撮影協力:日本ダブルリード株式会社(JDR)

木幡一誠(Issay KOHATA)
音楽ライター。1987年より管楽器専門誌「パイパーズ」で取材・執筆にあたり、現在は各種音楽誌のインタビュー記事、CDやコンサートの曲目解説執筆およびレビュー、さらには翻訳と幅広く活動中。